⚫︎ 消化器
生理 gastrointestinal physiology
1.嚥下:口腔内の食塊・液体を飲みこみ胃に送る運動.
・口腔咽頭相,咽頭食道相,食道相(食道入口〜噴門)の3相から成る.
■ 嚥下の概要
※嚥下反射は,咽頭壁への刺激が舌咽神経・迷走神経を介して延髄網様体の嚥下中枢に伝わることによって生じる.
〔伝達経路:咽頭壁への刺激➡舌咽神経・迷走神経➡嚥下中枢(延髄の孤束核,網様体)➡三叉神経・顔面神経・舌咽神経・迷走神経など➡咽頭筋群〕
※高齢者では,球麻痺や偽性球麻痺でこの機構が障害され,嚥下性肺炎を引き起こしやすい(参照I-60,J-52,L-27).
▶下部食道括約筋部(LES:lower esophageal sphincter):食道・胃境界部に存在し,機能的に括約筋の性質をもつ,長さ2〜5 cmの高圧帯.食物の食道通過に伴う弛緩と,胃食道逆流の防止に関与し,機能不全により逆流性食道炎などの原因となる.
※LESは括約筋を含む機能的単位であり,括約筋のみを指すものではない.
2.消化
a.消化液,消化酵素
■ 消化酵素と分解産物 08
①胃液〔強酸性(pH1〜2)〕:無色透明〜微乳白色
・殺菌作用と,食物を粥状にする作用を有する.02
■ 胃液中の主な成分 02,18
・塩酸(胃酸):壁細胞より分泌される.胃内のpHを保ち,殺菌作用,ペプシノゲンの分泌促進,ペプシンの至適環境形成(蛋白質の立体構造を変化させることによる)に関与する.
※壁細胞上のアセチルコリンM3受容体,ガストリン受容体,ヒスタミンH2受容体を介してプロトンポンプが作動し,塩酸が供給される.
・ペプシノゲン:主細胞より分泌される.塩酸およびすでに分泌されたペプシンにより活性化されペプシンとなり,食物中の蛋白質からポリペプチドを生成する.
・粘液:主に表面粘液細胞,副細胞より分泌される.粘液糖蛋白(ムチン)を多く含む粘液ゲル層を形成し,胃酸やペプシンによる自己消化から胃粘膜を保護する.
・重炭酸(HCO3-):主に表面粘液細胞より分泌される.ムチンとともに胃粘膜上皮を保護する粘液バリアを形成する.
・内因子:壁細胞より分泌される.回腸末端におけるVit.B12の吸収に必須である(参照D-182).
・胃リパーゼ:主細胞より分泌される.脂質の分解に関与する.
■ 主な胃・十二指腸疾患における胃液分泌能
※1:高位潰瘍では低下するが,中・下位潰瘍では低下例は少ない.
※2:特に萎縮性胃炎で低下.表層性胃炎では正常例も多い.
※3:粘膜への癌浸潤と,粘膜の萎縮性変化による.胃底腺領域に発生する低分化型腺癌では正常例が多い.
※4:抗胃壁抗体,抗内因子抗体による.
②膵液〔アルカリ性(HCO3-による)〕:無色透明
・糖質と蛋白質を中間消化産物まで,脂質を最終消化産物まで消化する.
■ 膵液中の主な成分
・トリプシノゲン:エンテロキナーゼやすでに分泌されたトリプシンにより活性化されトリプシンとなり,ポリペプチドを低分子化(ペプチド結合を加水分解)する.
・キモトリプシノゲン:トリプシンにより活性化されキモトリプシンとなり,ポリペプチドを低分子化する.
・プロエラスターゼ:トリプシンにより活性化されエラスターゼとなり,エラスチンを分解する.
・リパーゼ:中性脂肪(トリグリセリド:TG)に作用し,遊離脂肪酸とモノグリセリドを生成する.
・アミラーゼ:炭水化物を分解する.
③小腸液〔アルカリ性(HCO3-による)〕:無色透明
・糖質と蛋白質を最終消化産物まで消化する.
■ 小腸液中の主な成分
・アミノペプチダーゼ,ジペプチダーゼ:低分子ポリペプチドをアミノ酸まで分解する.
・マルターゼ:マルトース(麦芽糖)を分解しグルコース(ブドウ糖)を生成する.
・スクラーゼ:スクロース(ショ糖)を分解しグルコースとフルクトース(果糖)を生成する.
・ラクターゼ:ラクトース(乳糖)を分解しグルコースとガラクトースを生成する.
・エンテロキナーゼ:トリプシノゲンを分解しトリプシンを生成する.
b.消化管ホルモン:一般に,分泌部位より口側の消化管には抑制的に作用し,分泌部位を含めた肛門側の消化管には促進的に作用する.
①ガストリン
・胃幽門前庭部や十二指腸球部のG細胞から分泌される消化管ホルモン.14
・胃酸分泌・ペプシノゲン分泌・胃壁細胞増殖を促進する他,下部食道括約筋部(LES)の収縮を強める作用を有する.18
《分泌促進因子》胃内容物の刺激(物理的伸展,アミノ酸・ペプチド),迷走神経(胃枝)刺激(アセチルコリン刺激),Ca,胃酸分泌低下〔悪性貧血,プロトンポンプ阻害薬(PPI)など〕
《分泌抑制因子》胃酸刺激,セクレチン,ソマトスタチン,GIP,VIP
■ 高ガストリン血症をきたす要因 18
a.腫瘍性のガストリン分泌:ガストリノーマ(Zollinger-Ellison症候群)
b.胃酸分泌低下に伴うフィードバック:悪性貧血,自己免疫性胃炎(A型胃炎),酸分泌抑制薬(特にPPI),迷走神経切離後
c.その他:腎不全(ガストリンは腎で代謝される),高Ca血症,副甲状腺機能亢進症(Ca↑によりG細胞が刺激される)など
②セクレチン
・十二指腸や空腸のS細胞から分泌される消化管ホルモン.
・膵導管細胞からの膵液(重炭酸イオン・水)分泌や,肝内胆管からの胆汁分泌を促進する一方,胃酸やガストリンの分泌を抑制する作用を有する.
《分泌促進因子》腸内pHの低下(胃内容物の流入)
■ 消化液分泌機構(ガストリン・セクレチンの例)
※胃内容物の位置により主体となる分泌物は変わる.
③コレシストキニン(CCK)
・十二指腸や空腸のI細胞から分泌される消化管ホルモン.
・胆囊の収縮作用や,膵酵素の分泌促進作用,胃運動抑制作用を有する.
④その他:次表参照
■ 代表的な消化管ホルモン 16,18,19 13
*1 VIPは消化管ホルモンおよび視床下部ホルモンとして機能する.
*2 GLP-1は2型糖尿病の治療に用いられる.
※GLP-2はL細胞から分泌され,腸管粘膜の修復,保護に働く.
3.吸収:糖,蛋白質,脂質などの栄養素の大部分は,十二指腸や小腸上部で吸収される.
■ 栄養素吸収部位(参照D-57,G-21,D-182)02,18 19
a.水
・経口摂取量(約2 L/日)と,唾液・胃液・胆汁・膵液・腸液などに含まれる分量(内因性,約8 L/日),計約10 L/日が消化管内に流入し,大部分が吸収される(75〜80%が小腸,残りは大腸.糞便中に排泄される水分は0.1 L/日).
・小腸における吸収量が減少,または分泌量が増加し大腸での水分再吸収能を超えると,下痢を生じる(参照A-24).
b.ナトリウム(Na)
・ほぼ全量が腸管で吸収される.多くは空腸,次いで大腸で吸収される.
■ 消化管におけるNaの吸収機序
①電気的勾配による移動(特に大腸)
②糖,アミノ酸を輸送担体とする移動(小腸)
③イオン輸送体による能動的移動(小腸,大腸)
④〔グルコースが高濃度に存在する場合〕大量の水を伴う受動的吸収(空腸)
c.炭水化物
・消化された単糖類は,各輸送担体により小腸で効果的に吸収される.
※グルコース(単糖類で最多)はNaとの共輸送機構(SGLT1)により吸収される.
※ガラクトースはグルコースとほぼ同じ機構で輸送されるが,フルクトースはNa輸送とは共役しない別の促通拡散(GLUT5)を経て吸収される.
・吸収された単糖は門脈系から肝臓へ至り糖新生に利用される.
d.蛋白質
・消化されたアミノ酸の大部分はグルコースと同様,Naとの共輸送機構により小腸で取りこまれる.
・ジペプチド,トリペプチドは,H+の濃度勾配を利用した共輸送により取りこまれる.吸収されたペプチドは小腸細胞内で加水分解されアミノ酸となる.
・吸収されたアミノ酸は門脈系から肝臓に至る.
e.脂肪
・消化された遊離長鎖脂肪酸とモノグリセリドは,胆汁により乳化されミセルを形成し,小腸上皮の刷子縁膜表面から,細胞内外の濃度勾配によって取りこまれる.
・吸収された長鎖脂肪酸は細胞内の滑面小胞体に取りこまれ,主にTG生成に利用される.TGはカイロミクロンの形でリンパ管,胸管から大循環に入る.14 一方,中鎖脂肪酸は門脈系を経て肝臓に入る.
4.排便:内外肛門括約筋と肛門挙筋群が関与する.
■ 排便の生理的反応
①糞便によるS状結腸の伸展:蠕動運動が誘発され,糞便が直腸に移動する.
②直腸内圧の上昇:直腸肛門反射を介して内肛門括約筋が弛緩.
③蹲踞・腹圧の上昇:肛門挙筋(恥骨直腸筋,恥骨尾骨筋,腸骨尾骨筋)が弛緩し,肛門管と直腸,S状結腸が直線化(肛門直腸角が130°前後に開大)する.14,17
④外肛門括約筋(随意筋)が弛緩し,排便に至る.
※直腸肛門反射は仙髄を介した副交感神経性反射である.
【補足事項】
●Na輸送体の一つであるNa-glucose共輸送体(SGLT1)は,Naとグルコースの共輸送に伴い水を受動的に輸送する.脱水(下痢など)に対するNaClグルコース溶液(経口補液)はこの事象を利用している.
●糖尿病薬であるα-グルコシダーゼ阻害薬は,二糖類が単糖類に分解されるのを防ぎ,グルコースの吸収を遅らせる〔SGLT2阻害薬はSGLT1(小腸のグルコース吸収に関与)にはほとんど作用しない〕.
●ミセル中のコレステロールは小腸上皮細胞に存在する蛋白質NPC1L1(Niemann-Pick C1 Like 1)を介して吸収されるが,この阻害薬がエゼチミブである.
●胆汁酸の吸収を阻害するエロキシバットが便秘薬として使われる(胆汁酸性下痢).
■ 消化管癌の腫瘍マーカー(肝・胆道・膵癌については参照B-21)
①CEA(基準値≦5 ng/mL):粘膜上皮の膜結合蛋白.大腸癌や膵癌で陽性率が高いが,特異度は高くない(他の消化器癌やUC,肺癌などでも上昇することがある).
②SCC抗原(基準値≦1.5 ng/mL):扁平上皮関連抗原.消化器領域では食道癌のマーカーとして利用されるが,特異度は高くない(子宮頸癌,肺癌,皮膚疾患などでも上昇).